東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2157号・昭57年(ネ)1236号 判決
四 そこで、本件増額通知の効力について検討する。
1 本件建物の家賃が契約以来改定されないまま推移したことは、≪証拠≫によれば、本件賃貸借契約締結後昭和五三年九月一日までの間の本件建物及びその敷地の価格、公租公課、消費者物価指数、勤労者平均所得の各変動の状況は原判決別紙(三)記載のとおりであることが認められ、このことに≪証拠≫をあわせれば、本件建物の家賃は、昭和五三年九月一日現在経済事情の変動により不相当に低額となり、本件建物より後に建設され、賃貸借が開始された他の公団住宅の家賃との間に著しい不均衡を生ずるに至ったことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
2 進んで、右増額家賃の相当性について判断する。
財団法人日本不動産研究所作成にかかる不動産鑑定評価書である≪証拠≫は、昭和五三年九月一日現在の本件建物の継続月額実質賃料を、(1) 本件建物及びその敷地の価格に利回り(本件賃貸借契約締結当時における右価格に対する当初家賃中の純賃料部分の割合をもとに算出した昭和五三年九月一日時点の継続賃料利回り=二・二六パーセント)を乗じて求めた純賃料に必要経費等を加算する利回り法により金二万九一一七円、(2) 当初家賃を総理府統計局調べによる消費者物価指数中の家賃指数でスライドさせ、敷金運用益を加えるスライド法により金三万三六一五円、(3) 近隣地域及び周辺類似地域における標準的な賃料水準、賃貸条件を参考に査定した正常実質賃料から当初実質賃料を控除した差額部分を貸主、借主に折半して配分する差額配分法により金三万一一三五円、とそれぞれ試算し、これらを総合して金三万一一〇〇円をもって継続月額実質賃料とし、敷金運用益を考慮して継続月額賃料相当額を金三万〇九〇〇円と算定しているところ、同≪証拠≫の記載内容に原審証人松村勝人の証言をあわせれば、右算定はそれ自体正当として是認することができ、これを不当とすべき資料は存在しない。
控訴人は、その主張2において、公団住宅の家賃の算定にあたっては、当該建物及びその敷地の価格の上昇による評価益等の営利性を帯有する事項は排除されるべきである、と主張する。
なるほど、先に判示したとおり公団住宅の家賃の増額については、公団の公共性、非営利性に由来する制約があり、日本住宅公団法一条の定める公団の設立目的に則した配慮があってしかるべきものと解されるが、本件契約書五条、施行規則一〇条の内容は前判示のとおりであり、公団住宅の家賃も賃借にかかる建物の使用の対価である点においては一般の住宅の家賃と本質的に異なるところはないのであるから、増額家賃の算定にあたっては、公団住宅賃貸制度の公共性、非営利性をそこなわない範囲において、当該建物及びその敷地の価格の上昇による評価益をも算定の一要素として考慮に入れることが許されるものと解するのが相当である。もっとも、控訴人が主張するように、≪証拠≫によれば、公団は、本件増額通知に先立って、施行規則一〇条所定の承認を求めるため建設大臣宛に提出した家賃等変更申請書の別紙「変更限度家賃算定基準」において、変更限度家賃の算定根拠として、償却費、修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、公租公課及び引当金とのみ列挙し、当該建物及びその敷地の価格の変動を正面からは取り上げていないことが認められるが、同≪証拠≫によれば、右算定基準も上記認定のとおり地代相当額を算定根拠の一つとして掲げ、これを原則として敷地の固定資産税評価額に五パーセントを乗じて算出すべきものとし、家賃増額にあたり右の限度で敷地の価格の変動をも考慮することとしており、しかも、右算定基準は、右変更申請の性格に照らし、建設大臣が、公団の業務運営に対する監督の観点から政策的配慮に基づいて公団の企図する家賃増額の相当性を判断しこれを承認するかどうかを決するための資料とされるにすぎないものであって、賃借人に対して通知された増額家賃が右基準に掲げられている個々の算定根拠にそのまま従って算出されているかどうかは、公団による家賃増額通知の私法上の効力を直ちに左右するものではないと解すべきである。≪証拠≫は、以上の判断にそうものであって、何らこれに抵触するものではない。
そして、公団が控訴人に対してなした本件増額通知の内容は、前判示のとおり従前の月額金九四〇〇円を、先に判示の日本不動産研究所が相当と算定した月額金三万〇九〇〇円の五割強にすぎない金一万六四〇〇円に増額しようとするものであって、この程度の増額は、何ら公団住宅賃貸制度の公共性、非営利性をそこなうものではなく、相当性の範囲にとどまるものとして許容されるというべきである。
3 控訴人の主張3については、本件賃貸借契約に控訴人の主張するような趣旨の家賃不増額の特約が存在することを認めるに足りる証拠はない。本件契約書一二条に修繕費を賃借人である控訴人が負担する旨の約定があり(この点は当事者間に争いがない。)、また、公団住宅の賃貸借において、立退時に修繕費の名目で金員の徴収が行われている事実があるとしても、修繕費の負担と家賃の増額とはそれぞれ別個に解決されるべき問題であって、これらの事実があるからといって直ちに公団と控訴人との間に控訴人主張のような特約がなされたものと認めることはできない。よって右主張は採用の限りでない。
4 そうすると、本件増額通知は有効であり、これによって本件建物の家賃は、昭和五三年九月一日以降月額金一万六四〇〇円に増額されたものというべきである。
(鈴木 仙田 河本)